消費者志向トップインタビュー

第25回 味の素株式会社 取締役 代表執行役社長 最高経営責任者 藤江太郎氏(2023.7.28公開)

聞き手 ACAP理事長 村井正素

プロフィール ふじえ たろう

1961年大阪府生まれ。1985年味の素株式会社入社。2008年中国食品事業部長、2011年フィリピン味の素社社長、    2015年ブラジル味の素社社長など、10年以上の海外勤務を経て2017年に味の素株式会社常務執行役員、2021年執行役専務、2022年4月代表執行役社長最高経営責任者。同年6月から現職。

令和4年度消費者志向経営優良事例表彰の消費者庁長官表彰を受賞された味の素株式会社の藤江社長を訪ねました。「一度、お客様相談センターで電話を受けてみたいと提案したんですよ。お客様の声から学ばせていただくことが多く、元気もいただけるので、すごく関心があるんです」と藤江社長。和やかな雰囲気でインタビューがスタートしました。

 2023年5月29日収録

実現したい未来像から描いた4つの成長領域

村井理事長 最初に、味の素グループのパーパスやビジョン、今後どのようなことを目指されているのか、お聞かせいただけると幸いです。

藤江社長 味の素グループは、社会課題を解決しながら経済価値も生み出していこうという取り組みによって成長してきました。この取り組みをASV(Ajinomoto Group Creating Shared Value)と言っていますが、「2030年にこういう姿になっていたいね」というありたい姿を描いてロードマップを作成し、これを目標とした「中期ASV経営」を行っています。いろいろな理念体系をまとめた「Our Philosophy」があるのですが、その中でいわゆるパーパスにあたる志を進化させ、「アミノサイエンスⓇで人・社会・地球のWell-beingに貢献する」という存在意義に照らして、さまざまな活動をやっていこうとしています。 

村井 どのような活動に重点的に取り組まれるのですか。

藤江 弊社は1909年に創業したのですが、うまみ調味料の「味の素Ⓡ」から始まっています。これはグルタミン酸というアミノ酸を使っていますが、アミノ酸のはたらきを活かして発展してきた会社なので、パーパスには、「アミノサイエンスⓇ」でと入っています。アミノ酸のはたらきはいろいろなところで活かせます。そこで、若い社員にも入ってもらい、2050年くらいにはどういう社会、どういう生活者の状況になっているのかを、自分ごととして描いてもらいました。そして、それに対して味の素グループはどういう社会価値を提供できるかを議論する「Picture of the Future」という取り組みを実施したのです。その中で、①ヘルスケア、②フード&ウエルネス、③ICT、④グリーン、この4つの領域が伸びていくだろうし、かつ「アミノサイエンスⓇ」が活きていくだろうと考え、既存の事業もしっかりと発展させながら、この4つの成長領域の中で我々も成長していこうと設定しました。

味の素グループは、食品企業のイメージが強いと思うのですが、2022年度の事業利益は2/3が食品で、1/3はアミノ酸事業です。例えば、パソコンやサーバーなどの半導体の基板で使用される絶縁フィルムは100%近いシェアとなっています。2030年ぐらいには食品が1、アミノ酸系が1という比率になり、食品だけでもなく、アミノ酸だけでもない、ユニークな企業になっていたいという思いがあります。

村井 若い社員の方も入って会社の将来を描くというのは、ワクワクするお取り組みですね。

藤江 25年後を自分たちの目線でいろいろ考えてみようと、非常に楽しそうに議論していました。以前、逆メンター制度、つまり若手社員が先輩や上司の指導役・相談役となる「リバースメンタリング」という言葉に出会ったのですが、私も若い社員3名に先生になってもらいましてね。SNSの活用や、テレビはほとんど見ない、家に固定電話なんてありません、といった世代間ギャップを教えてもらうなど、いろいろな学びがありました。世の中が大きく変わっていく中で、違う声を聞くことはすごく大事だなと思いました。

「フライパンを送っていただけますか」という意識

村井 御社は消費者志向自主宣言をされ、フォローアップ活動にも積極的に取り組まれていらっしゃいます。企業規模が大きいので、お客様相談センターに集まった声を各部門に伝え、製品の改善などにつなげていくのは大変なことと思います。お客様の声を経営に活かすための体制や仕組みを教えていただけますか。

藤江 以前は、「味の素」、「AGF」、「冷凍食品」と会社ごとにお客様相談室がありましたが、今は統合して一手にご意見やお問い合わせを受けています。52名体制で、社員と業務委託先の社員の方が半々くらいです。すごく良いなと思っている取り組みに「お褒めだより」があります。例えば、インスタントコーヒー「ブレンディⓇ」のスティックに書いてあるちょっとしたひと言に「心が救われました」など、ありがたいお声をいただきます。そうした声を社内に伝えていこうと、アナログ的な取り組みと、デジタルの活用の両面でやっています。各事業部とは月次でミーティングをして、お客様相談センターに集まった声をしっかりと事業部の開発者や研究部門に伝えていく、オーソドックスなことを地道にやっていくことが大事だと思います。

村井 お客様からのお褒めの声は、消費者対応をする者にとって力になり、モチベーションも上がります。社内でそうしたお声をしっかりと共有されるのはとても大切なことだとあらためて感じました。

藤江 お褒めの声だけでなく、苦情をお聞かせいただけるというのは、僕はチャンスだと思っています。最近、冷凍食品のギョーザで、「水なしでも焦げずに、誰でもきれいに焼けると謳っているのに、全然きれいに焼けないじゃないか」というご意見をいただきました。対応者が「どういう焼き方をするとうまく焼けるのか、どういう時にうまく焼けないのかをしっかり研究したいので、フライパンを送っていただけますか」と申し出ました。これがよい意味でSNSでバズって、「味の素はそこまで徹底しているんだ」という風に言っていただいたのです。一朝一夕でできることではなく、最前線にいるメンバーが、日ごろからそうした意識を常にもっているからこそ、行動に結実したのだと思います。こうした良い取り組みをグループ内で横展開していきたいと思います。

村井 ACAPでもお客様とのコミュニケーションを通して、お客様の生活背景まで把握して寄り添うことが次世代のお客様相談部門には求められるのではないかということが話題にのぼります。お申し出の背後にある生活背景に関心を持たなければ、「フライパンを送ってほしい」という言葉は出てこなかったのではないかと思います。対応者だけではなく、研究部門など、さまざまな部門の方が同じ思いでスクラムを組んでいらっしゃるのだと、本当に勉強になりました。

新組織「マーケティングデザインセンター」を立ち上げ

藤江 お客様相談センターも非常に大事ですが、比較的年配の方や、自ら発信していただく方の声に限られてしまいます。それ以外の「声なき声」や、若い方々の声をどのように把握して、お客様の潜在的なニーズ、インサイトを捉えていくのか。それがものすごく大事です。そこで、この4月から「マーケティングデザインセンター」という新組織を立ち上げました。今まで気づかなかったようなことを情報として集め、それを事業部の開発者に伝えていく。あるいはB to Cで自分たちが直接製品やサービスをお届けする、広告戦略を考えるなど、そういう組織を目指しています。弊社は、以前から「AJINOMOTO PARK」という、レシピを中心としたサイトを運営していて、月間のユニークユーザーが850万人くらいいらっしゃいます。サイトを通じ、購買行動やオンラインコミュニティでの発言、アイデアなど、多種多様なビッグデータを収集・解析し、個々のお客様のニーズに合う商品を開発、販売しようと考えています。

村井 デジタルを活用して、お客様との接点を増やし、コミュニケーションを深めていかれるのですね。

藤江 つの商品を売ったらそれで終わりではなくて、コミュニティサイトを通じてお客様の声を聞き、その背景まで抽出する。深いニーズを探ることで、新商品開発に限らず、既存商品の販売や刷新にもつながります。

社内浸透の秘訣は、「モチベーションが上がる機会を作る」

労働組合の専従を10年間務められたという藤江社長。人間の本質、本能を考え抜いた経験が経営に生きる

村井 素晴らしい活動を日々積み上げていらっしゃる中で、令和4年度消費者志向経営優良事例表彰の消費者庁長官表彰を受賞されました。おめでとうございます。

藤江 ありがとうございます。弊社は、消費者という言い方もしますが、生活者という言い方をすることが多いです。生活者の皆さんが直面している社会課題を解決することで、大きな経済価値を生み出し、この機会を活かして儲けを出すことができれば、その儲けをより多くの、より大きな社会課題の解決につなげることができます。この好循環を続けていけば、味の素グループはさらに社会のお役に立つ会社になれるという考えがありました。

村井 今回、受賞された活動も、アミノ酸のはたらきを活かした減塩商品の啓発活動が評価されたと伺っています。

藤江 減塩を通じて、生活習慣病の解決に貢献をしていこうという「スマートソルト(スマ塩)」という取り組みです。うま味を使うと、同じおいしさを保ちながら30%ぐらい減塩ができるのです。例えば、岩手県では行政や流通と連携して、店頭でレシピ提案などを通じて減塩・適塩を訴求した結果、都道府県別の塩分摂取量で順位が大きく改善しました。この取り組みに関わった営業や事業部、広報のメンバーはすごくやりがいを感じました。人間って、人のお役に立ちたい、幸せを差し上げたい、という気持ちをみんな持っているものだと思います。喜んでいただくことで、実は本人が一番幸せな気持ちになる、モチベーションが上がる。当初は、「すぐに実績が出ないことをやるなんて、時間もお金ももったいない」という声もかなりありました。今も一部あるかもしれません。でも、結果として、後々から「さまざまな経済価値を出せるようになったね」、「こういう取り組みって大事だよね」というお声もいただくようになって、今後もやり続けていこうと思っています。

村井 社会的課題に対する取り組みが、個人の喜び・幸せにつながっている、そしてそれが仕事に直結するというのは、非常に素晴らしいことだと思います。ここにヒントがあるようにも思いますが、会社の目指す方向性を社内に浸透させていくために、これまでお取り組みになられてきたことはございますか

藤江 浸透させるというよりも、自ら参画しようと思ってくれるような場を作っていくことでしょうか。「モチベーションを上げる」のではなくて、「モチベーションが上がる」機会を作る。リーダーの役割って、おいしそうな泉にみんなを連れて行ってあげることだと思うのです。飲むか飲まないかは本人次第ですが。そしてもう1つ、おいしそうに感じてもらう演出みたいなことも大事ですよね。このことに気づいた時に、このスタイルは心地良いなと感じました。「あれやれ、これやれ」と言われたって絶対やらない(笑)そういうあまのじゃくみたいな気持ちってあると思うのです。

「アミノサイエンスⓇで人・社会・地球のWell-beingに貢献」の「Well-being」の定義は、健康で幸せな状態と置いていますが、広いですよね。広いので、社員1人ひとりの人生の志、これと重なるところがちょっとでもあるのではないか、“重なるところ探し”をやっていきませんかと言っています。見つかった人は、仕事も楽しいし、一生懸命にやって成長する人も増えているように思います。まだまだ途上で、これからですけれど。

“終わりなき旅”として消費者志向経営を楽しむ

村井 最後のご質問として、藤江社長がお考えになる消費者志向経営とACAPにご期待いただけることがございましたらお聞かせいただけますでしょうか。

藤江 消費者志向経営により、社員にとっても会社にとってもいいことがたくさんあると思います。幸せの好循環、つまり消費者・生活者のために、社会課題を解決して経済価値を生み出すこと、これはもう“終わりなき旅”として、消費者志向経営を楽しんでいきたいなと思います。

また、ACAPへの期待は、「架け橋」です。1企業だけでやっていると考え方に限界が出る。あるいは社会の仕組みや法制度とか、そういうことを変えていこうとするにも企業だけではできない。行政主導でもうまくいかないし、消費者団体だけでもやはりうまくいかないことが多い。中立的な立場であるACAPがそれぞれの架け橋になっていただくことは、すごく大事だなと思います。

その中で、いくつか具体的な期待としては、先進的な消費者志向経営というのはどういうものなのかを、国内外の先進事例を元に、ありたい姿として進化させ続けていただきたいです。2つ目が、世の中にいっぱいあるグッドプラクティスを、組織を越えて学び合える、そういう機能をさらに高めていただければなと思います。3つ目は、今も研修会や情報交換会をされていますが、実務メンバーに学びの機会を作っていただくことです。僕たち、私たちもああなってみたいなとモチベーションが上がっていくようなお取り組みをお願いできれば非常にありがたいです。

村井 3つのご期待は、まさに今、ACAPでも取り組んでいることと重なります。ACAPに属する全ての企業に、好事例も失敗事例もあると思います。そういったものを共有して、レベルアップしていくこと、ありたい姿としてCX、顧客体験をいかに高めていくかということを問い続け、さまざまなステークホルダーの架け橋となって活動を推進してまいりたいと気持ちを新たにしました。本日はありがとうございました。

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