消費者志向トップインタビュー
- ホーム
- ACAPの取り組み
- 消費者志向経営の推進
- 消費者志向トップインタビュー
- 第27回 株式会社コーセー 代表取締役社長 小林一俊氏(2024.8.20公開)
第27回 株式会社コーセー 代表取締役社長 小林一俊氏(2024.8.20公開)
聞き手 ACAP理事長 坂田祥治
プロフィール こばやし かずとし
1962年東京都生まれ。慶應義塾大学法学部卒。1986年小林コーセー入社。1988年より営業本部 本部長室でCIプロジェクト推進、1991年のコーセーへの社名変更とロゴ一新で、大きな役割を果たした。同年取締役マーケティング本部長兼宣伝部長、1995年常務取締役、2004年代表取締役副社長となり2007年から現職。
今回は、令和5年度消費者志向経営優良事例表彰 消費者庁長官表彰を受賞された株式会社コーセーの小林一俊社長を訪ねました。小林社長からはざっくばらんに情報交換をしたいと、和やかな雰囲気でのインタビューとなりました。
2024年5月29日収録
正しきことに従う心
坂田理事長 令和5年度消費者志向経営優良事例表彰 消費者庁長官表彰の受賞、誠におめでとうございます。まずは、創業以来御社で大切になさっていること、企業理念などについてお聞かせください。
小林社長 当社は、1946年(昭和21年)、戦後間もなくまだ日本に焼け野原が広がる中、16歳から34年間、長年化粧品会社に勤めていた私の祖父が「化粧品で日本を明るく、元気にしたい」という思いで、50歳で創業しました。物がなく化粧品よりも飲むものや食べるもの、着るものを作るのが先だろうという時代ですから、その思いは強かったと思います。品質の高い原料を調達することにも相当苦労したようです。
創業当初から、化粧品を使っていただく方に寄り添うことを第一に、いくつかの座右の銘とも言える言葉を残しています。「最高よりも最良を」という品質への考え方を示した言葉は、メーカーにとって最高な品質が、お客さまにとって必ずしも一番良いものではない、私たちはお客さま本位でお客さまが求める品質を追求すべきだという意味で、社内をいさめるものでもありました。他にも「正しきことに従う心」というものがあります。今で言うコーポレートガバナンスやコンプライアンスという言葉に通じると思いますが、私たちのあるべき姿を表現したもので、のちにコーセー社員の行動憲章にもなっています。
坂田 創業者の強い思いが、現在も社員に引き継がれているわけですね。
小林 倫理に即した行動に徹し、法令・社会規範の遵守はもちろん、全ての人々の人権を尊重し、お客さまをはじめ広く社会から支持される、誠実で誠意のある企業であり続けることをこの言葉で宣言しています。また、創業当初から、近江商人の言葉である「三方由し」や取引先との「共存共栄」という考え方を社内外にも発信し、常に関わる皆さまとともに進んでいくという姿勢で取り組んできました。現在では「KOSÉ Beauty Partnership」という言葉にその思いを込め、すべてのステークホルダーの皆さまと互いに高めあう関係性を築き、独自の化粧文化や新たな価値の創出に取り組んでいます。これらの言葉は、私たちコーセー社員が大切にする言葉として伝承され、当社の精神となっています。
CIを見直し、社名を「コーセー」に
坂田 1991年に社名を、「小林コーセー」から「コーセー」に変更されています。
小林 創業当時の社名は「小林コーセー」でした。CIを見直すにあたり、社名も「コーセー」に変更するという案が浮上しました。社名から「小林」を取るわけですから、名付けた創業者に提案するメンバーは相当勇気が要りました。恐る恐る相談したところ、「私は創業の時からそう思っていた。社名に名前がはいっているのはハイカラではない。長年化粧品業界に携わってきた小林が創業した会社ということを一目で取引先にわかってもらい、その信用から良い原料を仕入れ、どこよりも良い化粧品を作るためにあえて社名に小林と付けたのだ」と言われました。メンバーは拍子抜けした一方で、それだけお客さまに高品質のものを提供したいという高い志を感じたと言っていました。
坂田 創業者のお人柄が偲ばれるエピソードですね。
小林 同時に、存在理念も「英知と感性を融合し、独自の美しい価値と文化を創造する」と改めて明文化しました。化粧品というのは、研究開発やテクノロジーを駆使した英知の部分と、色や香り、感触など感性の部分の両方が融合したものです。より高い次元で融合させて、独自の新しい価値や文化を創造するためにも、チャレンジは必要不可欠です。社員にも失敗は3回まで許される(笑)と言っていますし、私も大きな失敗をしていますから、時間がたって失敗を自慢しあえるぐらいの風土ができたらよいと思っています。また、私が社長に就任して以降、「お客さまにもっと近づく」という言葉を使い続けています。メーカー都合ではなく、常にお客さま目線で考え、お客さまの期待に応え、期待を超える商品やサービス、価値を提供していかなくてはなりません。
お客さまに「最良」の商品を提供する
坂田 今では、多くの企業が消費者志向という考え方を持っていますが、早くからそうした姿勢を表明されていたのですね。
小林 そうですね、先ほども触れましたが、創業当時からその姿勢にこだわっていたと思います。戦後は、闇市に品質に見合わない価格の商品が出回り、それを憂い、品質が良く価格に見合った商品をお届けしたいと、とにかく品質重視の経営を貫いてきました。
坂田 具体的にはどんなことをなさってこられたのでしょうか。
小林 研究投資、工場投資、お客さまにしっかりとお届けする仕組みづくりに力を入れました。創業10年目に「研究部」という独立した組織を作り、その責任者には、二代目の社長となる私の父、小林禮次郎が就きました。その8年後の1964年には、当時、東洋一とも言われる敷地面積3万3000坪の工場を埼玉県狭山市に建設しました。とにかくお客さまにとっての「最良」の商品を提供するためには、投資を惜しみませんでした。
坂田 お客さまにしっかりとお届けする仕組みとは、どのようなことでしょうか。
小林 お客さまに商品をお届けするにあたっては、地域の一番良い限られたお店に扱っていただき、お客さまのお悩みやニーズをしっかりお聞きして商品を紹介してもらうという売り方を徹底してきました。営業担当者が販売店一店舗ずつ伺い説明をし、そして販売店にはこつこつとお客さまを増やしていただきましたので、私たちと販売店、そしてお客さまには太いパイプがあります。会員制度があって、どんなお客さまがどんな商品を使っていらっしゃるかを店頭ですぐにわかる「台帳」というシステムも、他業界より早く入れていたと思います。その情報をもとに、ロイヤルユーザーのお客さまにはバースデーカードや誕生日プレゼントを贈ります。
坂田 1人1人のお客さまを本当に大切になさっていますね。
小林 今でこそ、お客さまがセルフで直接手に取っていただく商品の比率も多くなってきましたが、長年、カウンセリングを行ってお客さまに一番合う商品をご提案するという方法で展開してきましたので、今でいう「パーソナライズ」という言葉を、半世紀以上前から実現していたと思います。カウンセリングシステムや美容部員制度などにはこだわりがあり、それも消費者志向ではないかと思います。
「アダプタブル」への挑戦
坂田 消費者志向経営優良事例表彰 消費者庁長官表彰の受賞にもつながる「アダプタブル」という考え方についてお伺いします。
小林 「アダプタブル」という言葉は、「サステナブル」とも通じる考え方です。ちょうど10年前の2014年にアメリカの『Tarte』という化粧品会社を買収したのですが、当時、非常に小さな会社だったにも関わらず、ファンデーションを40色揃えていました。アメリカには、さまざまな人種や肌の色の方がいますので、そうでないとアダプタビリティのない企業、消費者に寄り添ってない企業だと見做されてしまいます。日本であれば、ファンデーションの品ぞろえは大体6~7色、多くても10色程度でカバーできます。グローバルに展開していく時には、肌の特徴やさまざまな人種の方にしっかりと寄り添う商品展開をしないといけないと学びました。サステナビリティはもちろんアダプタビリィに取り組むことは、化粧品を扱う上で非常に大切な要素です。また当社では、現在「Global・Gender・Generation」の頭文字からとった「3G」という言葉を掲げ、お客さまにさまざまな提案をしています。
坂田 どのような提案をなさっているのでしょうか。
小林 実は、当社には男性ブランドというものがありません。かつてはありましたが、現在、年齢や性別に関わらずお使いいただける商品を展開しています。たしかに男性と女性とでは、男性の方が油分が多いなど肌に多少の違いはありますが、それ以上に個人差の方が大きいと捉えています。そのため、嗜好性やニーズにあわせて、男性用、女性用と区別することなく、どなたでもお使いいただける商品展開をとった方が、お客さまの気持ちに寄り添えるのではないかと考えています。CMに大谷選手を起用した「リポソーム」も過去に、「FOR MEN」を出したいという提案があったのですが、その考えから提案は見送りました。そして満を持して、発売29年目にして初めてリニューアルした2021年に、性別に関係なく使ってもらおうと発売しました。当社では当たり前のようにやってきましたが、それが、今回の表彰や、有名スポーツ選手のCM起用などつながったと思います。
坂田 やはり一歩先の考え方や取り組みをなさっていますね。CMに登場する有名スポーツ選手の皆さまは、考え方に共感したり、実際に使っていらっしゃるようですね。
小林 有名だからとか、人気があるからとキャラクターをお願いするわけではありません。当社のスキンケアの考え方に共感してくださる方や元々当社の商品を使っている方、肌の状態が改善されたという経験をもっている方などにキャラクターになっていただいています。お客さまに嘘をつかない、それも一つの消費者志向であると考えています。
お客さまの声に耳を傾け、「お客さまにもっと近づく」
坂田 お客様相談室には、どのような声が寄せられるのでしょうか。
小林 お客様相談室には、本当にたくさんのお客さまの声が寄せられます。商品や美容部員の接客、キャラクターに関することなど、広い範囲に及びます。特に愛用者の方からのコメントは深みがあり、多岐にわたって厳しいご意見もあります。最近は、店頭以外でも、ECサイトやパーソナルビューティ コンシェルジュ(オンライン接客)など、お客さまに直接接する手段も加わり、お客さまの生の声をお聞きする機会が増えました。
坂田 お客様相談室に集約される情報を、社内でどのように生かしておられるのでしょうか。
小林 お客様相談室の毎月の報告にも、なるほどと思うことがたくさんあります。お客さまのためにと思っていても、つい企業目線で考えがちなので、お客さまのリアルな言葉の中から気づきを得ることは多くあります。例えば、箱の文字の大きさなど、私どもはできるだけ丁寧にとすべてを細かく記載しても、かえって文字が小さく読みづらくなってしまったこともあります。お客様相談室に入ったご意見や改善提案などは、すぐに取りまとめて社内に共有するようにしています。
坂田 お客さまの声に耳を傾けることで得られる気づきが、確かにありますね。
小林 我々はブランドを作っています。「どちらでもいい」ではなくて、「これでなければ」という商品を世に送り出し、お客さまにとっての唯一無二の存在であることを目指しています。そこは面白さでもあり、難しさでもあります。お客さまにもブランドへのこだわりがあります。だからこそ、お客さまの声に耳を傾け、「お客さまにもっと近づき」、私たちはそれに応えていかないといけないですし、応えることで得るものも大きく、コーセーの成長につながります。
坂田 会社全体で、お客さまの声に高い関心を持っているという、御社の企業姿勢が伝わります。
小林 化粧品を扱う企業は日本だけで3000社以上ありますが、戦後、真っ先に自由化され、海外の化粧品会社や日用品メーカーとの競合を余儀なくされました。国内でも、参入しやすい業界なので、異業種からの参入も激しく、競争が厳しいです。常にお客さまの声に関心を持ち、お客さまに支持されないと、あっという間に退場を命じられる。そういう緊張感はあると思います。
こだわりのあるものを作る
坂田 絶対的に支持されるブランドを作り上げるのには、大変なご苦労があるのではないでしょうか。
小林 すぐ追随され似たような商品がどんどん出てきます。当社は、比較的、業界のパイオニアとして商品を出してきたという歴史があり、お客さまからもロングセラー商品の多い会社だと言っていただけています。美容液というカテゴリーにもいち早く開拓し、市場を牽引してきましたし、ファンデーションでも、水使用、乾使用の両方が可能なツーウェイタイプを創り出しました。研究所には、こだわりのあるものを作らないといけないという歴史と伝統があります。今は、化粧品業界もテクノロジーが成熟してきて、画期的な商品を生み出すのも難しいのですが、新しい売り方やさまざまなお客さまに合ったアダプタブルな商品を出していくことこそが、私たちの使命だと思っています。
坂田 最近はSNSの影響も見逃せませんね。
小林 美容ジャーナリストなど専門の方だけではなくて、化粧品が大好きなインフルエンサー、YouTuberなどの方たちが、なぜこの商品は作られたのかとか、どんなこだわりがあるのかなど商品のことを深く理解してくださっています。ブランドを広めるのに、そういう方たちの影響も非常に大きくなってきました。
肌の健康につながる啓発活動~消費者の行動変容を促す~
坂田 地域や社会課題にも目を向けて、地域社会貢献型の取り組みもなさっていらっしゃいますね。
小林 もともと全国に販売網を持ち、それぞれの地域のお客さまや取引先とともに歩んできましたので、その地域や社会に貢献する取り組みにも長く取り組んできました。
坂田 その活動の一つに、幼少期のスキンケアや日やけ対策など、肌の健康につながる啓発活動がありますね。
小林 子どもに化粧を推奨するのかと、一昔前だと苦情が寄せられ非難もされたのですが、今は、肌の健康にとって、極端に言えば紫外線は百害あっても何も良いことはないということがわかってきました。私たちも、子どもたちへの紫外線対策の大切さを伝える講座を行ったり、紫外線による運動パフォーマンスについてのエビデンスも取って、スポーツに励む人たちにもその啓発活動を行っています。一生のうちに浴びる紫外線の半分は10代までに浴びると言われています。その時期に、きちんと対策をしておかないと将来のQOLにも影響を与えます。
坂田 活動を続けてこられて、何か変化を感じていらっしゃいますか。
小林 ここ数年、正しい日やけ止めの使い方の講習など、学校やスポーツ団体などから相談されるケースも増えてきました。化粧品の持つ力や消費者に対するベネフィットが、スポーツを通して理解され広がる可能性も感じています。また、肌のバリア機能を高めることが、アレルギーなどの疾患の予防にもなるという研究データもあります。子どもの頃からスキンケアを行った方が良いのです。時代も受け入れてくれるようになりました。
坂田 消費者庁長官表彰でも評価された、消費者の行動変容や未来につながる取り組みですね。
小林 また、当社は2022年に「キッザニア東京」に『ビューティスタジオ』を開設しました。「きれいを、もっと自由に」をコンセプトに、子どもたちがそれぞれ持つ感性を育み、“きれい”にまつわる多様な価値観に触れながら、化粧品や美容が持つ、心を明るくするような楽しさや、わくわく感を体験していただければと思っています。
企業としてACAPに期待すること
坂田 最後に、ACAPに期待することやメッセージをいただけますでしょうか。
小林 ACAPには、企業と消費者、そして行政との懸け橋になっていただきたいです。そして、三者の良い関係をともに築いていけたらと思います。多くの企業が、消費者に寄り添った事業や社会貢献型の活動を行っていることや、消費者や行政からのご指摘を真摯に受け止め、誠実に取り組んでいることをもっと知っていただけるようなサポートをお願いします。
坂田 わかりました。ACAPは、消費者、行政、企業の懸け橋としての役割をこれからも担っていきます。本日は、いろいろと貴重なお話を伺いました。誠にありがとうございました。